あじばこ定期テストに挑戦!
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00
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Question
世界史
モンゴル帝国について述べた文A~Cが年代の古い順に正しく配列されているものを、下の①~④のうちから一つ選びなさい。
A南宋を滅ぼして、中国を支配した。
Bワールシュタットの戦いで勝利をおさめた。
Cバグダードを陥落させてアッバース朝を滅ぼした。正解Correct
3
それぞれの出来事におけるモンゴル帝国の君主(大ハン・カアン)を確認するとよい。Bは第2代オゴデイ(オゴタイ)の治世、Cは第4代モンケの治世、Aは第5代クビライ(フビライ)の治世で、B→C→Aの順となる。モンゴル帝国の家系図も併せて確認しておこう。
不正解Not Correct
あなたの回答はでした
3
それぞれの出来事におけるモンゴル帝国の君主(大ハン・カアン)を確認するとよい。Bは第2代オゴデイ(オゴタイ)の治世、Cは第4代モンケの治世、Aは第5代クビライ(フビライ)の治世で、B→C→Aの順となる。モンゴル帝国の家系図も併せて確認しておこう。
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Question
世界史
正解Correct
2
第一次世界大戦は、国力の全てを動員する総力戦となり、女性も軍需工場での勤務などを通じて戦争協力を果たして社会的地位を向上させ、国民意識を高めた。主要国の女性参政権が認められた時期をまとめて確認しておこう。
不正解Not Correct
あなたの回答はでした
2
第一次世界大戦は、国力の全てを動員する総力戦となり、女性も軍需工場での勤務などを通じて戦争協力を果たして社会的地位を向上させ、国民意識を高めた。主要国の女性参政権が認められた時期をまとめて確認しておこう。
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Question
世界史
正解Correct
1
アンボイナ事件は、インドネシアから排除されたイギリスがインドに拠点を移す契機となった。②オランダは、コーヒー・サトウキビ・藍など商品作物の強制栽培を行った。③ジンナーは全インド=ムスリム連盟の指導者である。④インドネシア国民党を組織したのはスハルトではなく、スカルノである。
不正解Not Correct
あなたの回答はでした
1
アンボイナ事件は、インドネシアから排除されたイギリスがインドに拠点を移す契機となった。②オランダは、コーヒー・サトウキビ・藍など商品作物の強制栽培を行った。③ジンナーは全インド=ムスリム連盟の指導者である。④インドネシア国民党を組織したのはスハルトではなく、スカルノである。
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Question
世界史
正解Correct
4
④タキトゥスは歴史書の『年代記』も著している。①カエサルの『ガリア戦記』も大移動前のゲルマン人を知るうえでの重要な史料である。②プリニウスは『博物誌』を、③ストラボンは『地理誌』を著した。文化史は後回しにされがちな単元で差がつきやすいので、早めに対策しておこう。
不正解Not Correct
あなたの回答はでした
4
④タキトゥスは歴史書の『年代記』も著している。①カエサルの『ガリア戦記』も大移動前のゲルマン人を知るうえでの重要な史料である。②プリニウスは『博物誌』を、③ストラボンは『地理誌』を著した。文化史は後回しにされがちな単元で差がつきやすいので、早めに対策しておこう。
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Question
世界史
縦横家について述べた次の文A・Bの正誤の組み合わせとして正しいものを、下の①~④のうちから一つ選びなさい。
A 蘇秦と韓非は縦横家の代表的人物である。
B 彼らの活動は『戦国策』に記録されている。正解Correct
3
Aは誤り。縦横家は諸国の君主に外交戦略を説いた諸子百家の一つで、代表的人物は蘇秦や張儀であり、韓非は法家の人物である。Bは正しい。『戦国策』は各国の歴史や縦横家らの策が集録されている。諸子百家における各学派の主張や代表的人物をあわせて確認しておこう。
不正解Not Correct
あなたの回答はでした
3
Aは誤り。縦横家は諸国の君主に外交戦略を説いた諸子百家の一つで、代表的人物は蘇秦や張儀であり、韓非は法家の人物である。Bは正しい。『戦国策』は各国の歴史や縦横家らの策が集録されている。諸子百家における各学派の主張や代表的人物をあわせて確認しておこう。
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Question
世界史
正解Correct
2
清は、アヘンの密貿易により銀が国外に流出していた。①アヘン戦争は道光帝の時代である。③アヘン戦争の講和条約は南京条約で、北京議定書は義和団戦争における講和条約である。④敗北した清は香港島をイギリスに割譲した。
不正解Not Correct
あなたの回答はでした
2
清は、アヘンの密貿易により銀が国外に流出していた。①アヘン戦争は道光帝の時代である。③アヘン戦争の講和条約は南京条約で、北京議定書は義和団戦争における講和条約である。④敗北した清は香港島をイギリスに割譲した。
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Question
世界史
正解Correct
1
8月10日事件によって王権が停止されると、立法議会は解散し、男性普通選挙によって国民公会が成立。さらに国民公会は、王政の廃止と共和政の成立を宣言し、1793年にはルイ16世が処刑された。フランス革命は頻出。確実に対策しておこう。
不正解Not Correct
あなたの回答はでした
1
8月10日事件によって王権が停止されると、立法議会は解散し、男性普通選挙によって国民公会が成立。さらに国民公会は、王政の廃止と共和政の成立を宣言し、1793年にはルイ16世が処刑された。フランス革命は頻出。確実に対策しておこう。
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Question
世界史
アテネの民主政について述べた文A~Cが年代の古い順に正しく配列されているものを、下の①~④のうちから一つ選びなさい。
Aペイシストラトスが僭主となり、中小農民の保護をおこなった。
Bソロンが市民を財産によって分け、それぞれの権利と義務を定めた。
Cクレイステネスが、地縁に基づく新たな部族制を編成した。正解Correct
2
ソロンの改革は、前594年から始まった。ペイシストラトスは、平民の支持を受けて前561年に僭主となり、貴族政を打倒。クレイステネスは、前508年に改革を行い、貴族の拠点であった4部族制を廃し、新たに地縁に基づく10部族制を編成。
不正解Not Correct
あなたの回答はでした
2
ソロンの改革は、前594年から始まった。ペイシストラトスは、平民の支持を受けて前561年に僭主となり、貴族政を打倒。クレイステネスは、前508年に改革を行い、貴族の拠点であった4部族制を廃し、新たに地縁に基づく10部族制を編成。
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Question
世界史
正解Correct
2
トロツキーはスターリンに敗れて失脚。①五カ年計画を始めたのはスターリン。③スターリンは、ミュンヘン会談に出席していない。また、独ソ不可侵条約が成立したのはミュンヘン会談ではない。④「プラハの春」鎮圧の際のソ連の指導者は、ブレジネフ。
不正解Not Correct
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2
トロツキーはスターリンに敗れて失脚。①五カ年計画を始めたのはスターリン。③スターリンは、ミュンヘン会談に出席していない。また、独ソ不可侵条約が成立したのはミュンヘン会談ではない。④「プラハの春」鎮圧の際のソ連の指導者は、ブレジネフ。
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Question
世界史
正解Correct
3
3度のポーランド分割によって、ポーランド王国は消滅。①イェルマークによるシベリア征服は、イヴァン4世の治世。②ピョートル1世は、北方戦争でスウェーデンを破った。④ステンカ=ラージンの乱は1670年に始まり、エカチェリーナ2世の即位前の出来事。
不正解Not Correct
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3
3度のポーランド分割によって、ポーランド王国は消滅。①イェルマークによるシベリア征服は、イヴァン4世の治世。②ピョートル1世は、北方戦争でスウェーデンを破った。④ステンカ=ラージンの乱は1670年に始まり、エカチェリーナ2世の即位前の出来事。